読書&映画感想覚え書き

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トム・ダウド「いとしのレイラをミックスした男」
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(2006/09/15)
トム・ダウド

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先日吉井和哉が紹介してくれていたDVDを観た。
『超有名な音楽プロデューサー』だそうだが、
今まで全く知らなかった。
けれどこの方は、レコードエンジニアの先駆者といっていい
多大な功績を挙げて来られた方だった。
ジョン・コルトレーン、レイ・チャールズ、
ジョン・レスポール、アレサ・フランクリン、
オーティス・レディング、、、超一流のアーティスト達が
トム・ダウドに出逢い、信頼を寄せ、数多くのレコードを
世に送り出して行く。
「8トラック」「多重録音」を真っ先に取り入れたのが
このトム・ダウドだったのだという。
10代で音楽エンジニアの道に足を踏み入れたのだというが、
彼には意外な経歴があった。
『音楽以外の話では今の時代に無視できない
重要な問題が横たわっています』と吉井和哉が語っていたけれど、
それは、1942年~1946年コロンビア大学在学中に軍に招聘され
「マンハッタン計画」に関わっていたという事だ。
ビキニ環礁での核実験では現地で観測も行っていたのだそうだ。
当時のあの映像は、ちょうど今の日本の状況を思うと、
非常に怖ろしいものだった。
トム・ダウドがコロンビア大学に復学してそのまま
原子物理学の道に進んでいたらば、レーナード・スキナ―ドも
オールマン・ブラザーズバンドもそしてあの「レイラ」も
世に出ていなかったのだろう。
ギターの神様のようなエリック・クラプトンが
トム・ダウドを父親のような存在だと話す。
終盤の「いとしのレイラ」誕生のいきさつが
やはり非常に興味深かった。
デュアン・オールマンとエリック・クラプトン、
二人の才能あるギタリスト同志が言葉でなく音で、
理解し合い惹かれあい、そして新しい大きな力が
生まれて歴史に残る曲が刻まれた。
30年振りだと言いながらトム・ダウドがミキサーを操って、
『これがデュアンのパート』『そしてこれが重なって・・・』
『初めてミキシングする気分だ』と
少年のような笑みを浮かべるシーンで、思わず涙してしまった。
最後に『ピアノが好き。誰かが弾くピアノの音が好き』という
ピアノ曲を弾いた彼がとても愛おしく思えた。
最後に浮かびあがって来た文字は、
『大事なのは心の中のメロディーを
人に伝えることなのだ』だった。

いとしのレイラいとしのレイラ
(2006/06/21)
デレク・アンド・ドミノス

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高村薫「晴子情歌」「新リア王」
晴子情歌 上晴子情歌 上
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「太陽を曳く馬」を読み終えて、彰之という人物がどうにもこうにも、雲のように漠として
捉えようのない存在であるとしか思えなかったので、
この人物がどのようにして形成されたのか知りたくて、この大長編に挑んだ。
第三部で彰之の出生のいきさつを知らされていたから、
第一部「晴子情歌」のヒロイン晴子という女性に、自分は難儀することに
なるだろうと予想していたが、それは想像以上のものだった。
15歳での環境の激変、東北の寒村での暮らし、
過酷な状況ではあるけれど、晴子は、決して流されるのではなく、
その時々に、「自分の意志」で、しなやかに瑞々しく
自分の「生」の道筋を歩んでいく。
強く美しい女性だ。
けれど感情移入することがあまり無かった。
むしろ、母親の100通にも及ぶ手紙を手にして戸惑っている彰之の心持ちの方が理解出来た。
理解と言えば、第二部「新リア王」で語られた、
福澤家の二女「和子」、この意に染まぬ結婚を強いられるも、
4人の子を設け、本家の子供達への対抗心を燃やし続け、最愛の末っ子を海で亡くして仕舞った
女傑、晩年になって今度は娘婿を一族の政争の犠牲で亡くして仕舞うというあの女性の生きざま、
そして紙面に多く割かれている訳ではないけれど、
福澤百合という女性、「執念で煮しめたような」と彰之に形容された紺色のスーツを着て、
榮の後援会事務局長を務めあげる初老の女性、出自の引け目や
福澤の名を持つ矜持やら諸々を厚い鎧の下に長年蓄積し続けている、
そういう彼女らに共感した。感情移入した。
第二部「新リア王」では、ちょうど今、菅直人新首相誕生という時期なので、
文中に当時の政治家達の実名が多く出てくる事が興味深かった。
「政治とカネ」「トカゲのしっぽ切り」「面従背反」
何十年経っても結局は、同じことをやっているのじゃないかと。

どこまで私は、この物語を理解出来たのか、判らないけれど、
最後に心に残ったのは、
人はみな孤であるなあということだった。
孤であるからこそ、命を燃やせる対象に出逢えたものは、幸せなのだろう。

太陽を曳く馬
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高村 薫

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つい先日文庫化された「レディージョーカー」を読んだばかりだったので、
この「太陽を曳く馬」での合田雄一郎の変貌ぶりに驚いた。
合田は、もとより危うい男だったと思う。
けれどもそれは、瑞々しい感性と生真面目さと誠実さの表皮から、
時折肉体の奥に孕む熱いマグマが奔出してしまうような、
我が身の危険など全く顧みず、事件の深い闇へ突進しかねない危うさだった。
それがこの「太陽を曳く馬」での合田は、これが同じ人間か!?と
驚くほど様変わりしていた。
精気がない。「生」に倦み疲れたかのようだ。
何より合田が「おまえは」と二人称で自問自答していることに慄いた。。
「レディージョーカー」事件の時には、
合田の留守中勝手に家へ上がり込み、手料理を作り、
アイロンがけまで仕上げていくなどという
合田の守護神であるかのようだった加納も今は、遠く離れている。
彼が検事を辞めて判事となって大阪に移ったというのにも
驚いたけれど。
ともあれ、合田がこういう危うい淵の際にかろうじて立っている
というような状況で対峙するのが、福澤秋道、末永和哉という
それぞれ困難極まりない謎なのだから、
しかも文中にこれでもかと現れて来るのが、
美術と色彩と円環と禅とオーム教についての
夥しい文言。
文字を読むことは出来ても、実際には、どれだけ理解出来ただろうか
非常に心もとない。
けれどもとても惹き付けられて読み進んだ。
《私》たるものの自由、《私》の生、《私》の拒絶、
『自由である意志』『自由である死』。
合田が最後に手に入れた彰閑の手紙の章で
涙しました。
父親の死にゆく息子へ宛てた思いの深さに打たれたということもあります。
『バーミリオンの光は、君を意味へ、世界へ、生命へ、
生きることへと押し出していく當のものだったはずだと。』
『「太陽を曳く馬」の 版は・・・
君が生命の跳躍をしたことの徴だった』
この言葉が心に残りました。

「めし」
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(2005/07/22)
上原謙原節子

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倦怠期を迎えた夫婦の日常、そこに転がり込んできた奔放な姪の存在が
次第に夫婦の溝を浮かびあがらせていく。
原節子さんが本当に良い。
上原謙も「こういう亭主いる!」と思わせてくれる。こんなに美男な夫は、そうはいないだろうけれど。
ラストでヒロイン(原節子)が手紙を千切って列車の窓から撒いた後に
『私のそばに夫がいる。目をつぶっている平凡なその横顔。生活の河に泳ぎ疲れて漂って、
しかもなお闘って泳ぎ続けている一人の男。その男のそばに寄り添って、
その男と一緒に幸福を求めながら生きていくことがそのことが、私の本当の幸福なのかもしれない。
幸福とは、女の幸福とはそんなものではないのだろうか。』というモノローグが流れるけれど、
この時の、諦観というか全てを受け入れた微笑みが凄く良い。
強くて美しい。

女の幸せって何だろうね。
考える余裕があることこそ幸せなのかもね。

旅立ち~足寄より~
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(2009/07/17)
大東俊介奥貫 薫

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友に薦められてこの映画を見た。
歌の力の大きさ、そして人と人の出会いが生み出す力の大きさを感じた。
若き日の松山千春を演じた大東俊介が荒削りな原石の輝きを放っていてとても良い。
「昭和50年全国フォーク音楽祭・北海道大会」ここに赤のニッカポッカにサングラス姿で現れ、
鮮烈な印象を残しながらもあまりに生意気な言動で落選を余儀なくされるも、
ただ一人千春の才能を見抜く札幌ラジオ局ディレクター竹田を演じるのは、萩原聖人だ。
何とか千春を取り立てようと企画書を出し続け、ようやく15分のラジオ番組コーナーに抜擢する。
ひたむきに誠実に粘り強く千春を導いていく竹田の姿。
貧しい家庭に育ち人を信じることの出来なくなっていた千春。
二人が心を通わせ、北海道厚生年金会館で「いつかここをを満員にしよう」
「一緒に北海道でやっていこう」と誓うシーンに胸を熱くした。
昔私は、何故松山千春はずっと北海道で歌い続けているのかと思っていた。
ここに答えがあった。
『足寄は、自分が生きているってことを感じさせる町。故郷を大事にするってことは
自分を大事にすることだから』

ラジオ番組で着実に人気を獲得し、ついにレコードデビューを迎える。
寡黙で頑固者の千春の父を演じるのは、泉谷しげるだ。
こっそりラジオを聴いていたり、街に千春のレコードを買いに行ったりする様子が
本当に愛らしい。
人気者になった千春には、他TV局からの甘い誘いもある。
地元で酪農を営む友人の厳しい現実もある。
ラジオ局の一サラリーマンである竹田とのすれちがいも生まれる。
けれど誤解も解け、ファーストコンサートツアーがスタートし、
「明日、函館の会場で逢おう」
その約束が実現することは無かった。

この結末は、知っていた。
知っていたけれども、映画中盤から、ずっと涙が止まらなくなった。
映画のエンディングで松山千春本人のナレーションが流れる。
『……自分の歌の原点は、“生きている”という事です。
フォークソングは貧しい少年に、お前はこの世に生れて生きているんだよと
語りかけてくれました。だから今日も自分は、“みんな俺生きてるよ”って
歌います。この歌がこの叫びがあなたの心に届く事を信じています……』
心の中で精いっぱい拍手を送った。
『自分は、今ここで生きています』
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